ヨス家の子育て物語

~子を育て、子に育てられ、親になってゆく~

第9話「ぬいぐるみ病院」




 突然ですが、皆さんが持っているもので一番古いものはなんですか?

 

 僕は、生まれた時にいただいた猫のぬいぐるみ。

 それを幼き頃から抱えていた僕は、

 なんと結婚してからも連れてきて、現在も我が家にいるのだった。

 

 

 この年になってもぬいぐるみを飾っている男が、果たしてどれくらいいるだろうか?

 

 

 でもねえ、これはもう仕方ない。

 我が半身と化したぬいぐるみ。

 捨てられるわけがない。

 

 

 ちなみにうちの嫁は、このぬいぐるみのことを、ちゃんと家族として受け入れてくれている。そして時々、やきもちを焼いている。なんかしらないが、ぬいぐるみの声をアテレコするという遊びまでやってる始末だ。ヨス家は今日も平和です。

 

 ただ30と数年一緒にいると、ぬいぐるみはボロボロだった。

 もう、お腹に穴が空きそうなほどだった。

 パペット式なのだが、ボロボロぬいぐるみ時代に嫁が手を突っ込もうとして、思わず「やめてくれー」と叫んだことがある。

 嫁にあんなに大声出したのは、先にも後にもあの時だけ。

 そのことで嫁に時々、からかわれる。

 たぶん一生言われるんだろう。

 

 ボロボロだったぬいぐるみ。

 このままではいつか壊れるんじゃないかと思っていたのだが。

 

 

 そこでお世話になったのが「ぬいぐるみ病院」である。

 テレビで紹介されていたところに、目が釘付けになったのだった。

 これだっ! これしかないっ!

 即効で予約をいれようとした。

 

 しかし――。

 

 返答は無常にも、1年待ちという連絡だった。

 いやはや、結構な人気である。みんな、隠れてぬいぐるみ大事にしてるのかね?

 

 春夏秋冬……ただ時間だけが過ぎて行き、

 1年たってもなかなか連絡がこなくて、こりゃ忘れられたかな? と肩を落としていると、ようやく「あなたの番です」とメールが来たのだった。

 ここ数年であんなにガッツポーズとったことはないね!

 そっから問診票を書いて、治療して欲しい場所を指定したりして、ちょっとドキドキしながらも無事に送り出したのだった。

 

  

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昔のぬいぐるみ

 

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入院中のぬいぐるみ

 

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今のぬいぐるみ

 

 入院中の様子まで送ってきてくれるという、丁寧さにビックリ!

 かなーりふっくらして帰ってきて最初は別猫かと思ったほど。

 それにしても、立派に治療を受けて帰ってきてくれた。

 少なくともこれから30年は苦楽を共に出来そうな出来栄え。個人的には大満足である。

 ぬいぐるみがボロボロだけど治療したいと思うなら、やってもらうのは十分アリだと思う。

 

 

 赤ちゃんが生まれたら、ぬいぐるみをあげようかなあと思ったり。

 ネズミ年なら、それに関係するものがいいかな?

 カピパラはネズミ系なので、そうしようかな?

 

 

 

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第8話「褒める育児≠叱らない育児」

「うちは褒める育児をしているので、叱らないでください」

 

 褒めると叱るというものを、改めて考えるきっかけになったのは、

 ネットサーフィンをしていたら、そんな言葉が目に飛び込んできたからだ。

 

 世間では褒める育児というものが浸透してきている。

 嫁が妊娠する前からも、どこかで耳にしたことがあるぐらいだ。

 

 

「うちは褒める育児をしているので、叱らないでください」

 はてさて、ここで僕は疑問に思う。

 褒めると叱るって相反する行為なのかな?

 これを読んでいる皆さんはどう思うだろうか?

 

 ちなみに僕は「褒める」と「叱る」鍔迫り合いをするような関係ではないと思っている。

 

 子育てもしたことないのに、褒める育児についてわかるのか?

 そう問われれば、今の僕には子育ての経験がない。

 でも立場上、部下を育てたり、年の離れた若い学生を実習という状況で育てたりした経験はある。

 その際にも褒める/叱るというものを駆使せざるを得なかった。

 ある程度、成長しても褒める/叱るは必要であり、使い方によっては効果的である。

  そのあたりのことを思い出しながら書いてみようと思う。

 

 

褒めるということ

 

褒める公式

 

 とある行動にともなう結果に対して、良いね! と褒められることで得られるもの。

 それは進んでいる道が間違ってないんだという肯定感だろう。

 一つ一つはささやかなことでも、繰り返し認められることで、大きな自信につながっていく。

 

 肯定感が得られる⇒挑戦する⇒褒められる⇒肯定感が増す……⇒大きな自信を手に入れる

 

 つまり、褒めるスパイラルがきちんと機能すれば、自信を得られるということだ。

 まさに褒める育児で子供の自信をつけよう! という流れになるわけだ。

 この点についてはある程度は必要だよなあと僕も思う。

 

 

ありがとうで世界は変わる……かも?

 

 ちなみに褒めるというのが苦手という人は、感謝でもいいと思う。

 

「褒められる=行為を認めてもらう⇒肯定感が増す」

 

 という公式が成り立つ。ここでポイントなのは、

 

「行為を認めてもらう⇒肯定感が増す」に繋がることだ。

 

 ここをよく覚えていて欲しい。

 

 一方で、

「○○してくれて、ありがとう」というのは、どうだろうか?

 これも「行為を認めてもらう」ことに繋がっているとは思わないだろうか。

 つまり、

「○○してくれて、ありがとう=行為を認めてもらう⇒肯定感が増す」

 となるわけだ。

 

 

 ちなみに大人になるほど褒められることが減ってくる。

 それは積み重ねてきた人生経験があるのだから、出来て当然と見られてしまうからだ。

 しかし、ここで僕はふと思う。

 ありがとうを駆使すれば、相手を変えるきっかけになるのでは?

 

 

 誰にでも承認欲求はある。

 このSNS時代で「いいねっ!」を求めている人のなんと多いことか!(チコちゃん風)

 

 その「いいねっ!」を日常場面での「○○してくれて、ありがとう」に置き換えればどうだろうか?

 旦那さん、お嫁さん、子供、友達、上司、部下などなど

 誰かしらに影響を及ぼせるのではないか?

 

 

叱るということ

 

褒めるだけに飛びつきたい気持ち

 

 叱るというのは、世間ではマイナスイメージがついている。

 おそらく自分が叱られていい気分になる人は、ほとんどいないからだろう。

 我が身で振り返っても、注意された直後は気分が最悪だ。

 叱られて嬉しいのは、余程のマゾっ気がある人ぐらいだろう。

 

 一方で、叱る方にも非常にエネルギーが要る。

 相手にどう伝えるか、考えて話さなければならない。

 だけど、頭に血が上っていることもあるから冷静に話せない。

 頑張って伝えても、直後の相手の気分は最悪になっていることだろう。

 喜んで叱るのは、余程のエスっ気がある人ぐらいだろう。

 

 叱られる方も、叱る方も非常に疲れるのだ。

 

 そこに褒めることで伸ばせるという甘言がくれば、

 叱るから逃げ出したくなる気持ちもわからんでもない。

 でも叱るから逃げ続けると、それもまたツケが回ってくるのではないか。

 

成長の機会を与える

 

 そもそも人生は失敗から経験を得て、成長に繋げるこの繰り返しだ。

 ちょっと職場で考えてみよう。

 入社したての新入社員はわからないことだらけ。

 会社のルールに則って、何が良くて、何が悪いことなのか?

 そこで様々な経験を積んだ先輩が、指導役としてついてくれる。

 指導を受けながら、時には叱られ、間違いを気づかされ、修正を求められる。

 ちなみに役職が高くなって叱ってくれる人が少なくなると、自分で修正点に気づくしかなくなっていく。しかし、自分で出来る気づきというのは、徐々に偏ってくる。結果として、大きなミスをするまで気づけないとは、なんとも不幸な話だ。

 

 

 子供と親の関係も似たようなものだろう。

 真っ白いキャンパスみたいに純粋な子供。

 何が良くて、何が悪いことなのか? 

 悪いことをしたら叱る。

 これは、どうしたらいいのか成長の機会を与えると同義ではないか。

 つまり何をしても叱らない親は、

 子供の成長の機会を奪っているように思えるのだが。

 

 

叱ると怒る

 

 叱ると怒るの違い。端的に言うと、僕は以下のようだと思う。

 

 叱る:相手のためを思って伝える

 怒る:自分のために感情をぶちまける

 

 

 叱るというのは、間違っていると感じたことをアドバイス的に伝えて、より良くするにはどうすればいいのか? という思いやりのある行動だろう。

 怒るというのは、間違っていると感じたことを、感情的に叩きつけ、自分の気分の憂さを晴らす行動だろう。

 もちろん怒る育児などあってはならない。だけれどもそれは叱る育児を否定するものではない。この差は非常に大きいのだが、ここを勘違いしている人もいるのではないか。

 

 

おわりに

 

 やっぱり褒める育児=叱らない育児とは繋がらなそうだ。

 うちは褒める育児をしながらも、適度に叱れるようになりたいなあ

 

 

 

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第7話「百の説教より、一つの行動」

親の背を見て育つ

 

まあ実際は背中だけじゃないのかもしれない。

 

タテヨコ斜め、360度から観察されてるかもしれない。

 

子供はわからないだろう

 

そう思っていると痛い目をみるのではないか

 

 

 

 

子供のことを考えるとき、

 

僕にも子供時代があったことを思い出す。

 

口ではあれこれ言ってくるけれど

 

実際の行動が伴っていないと、

 

???と感じていたりしたものだ

 

 

たとえば

 

身近な大人が

 

「弱い者には優しくしなさい」

 

とよく言っていた。

 

 

その影響なのか僕は妹と弟と

 

取っ組み合いの喧嘩をしたことはない。

 

ここまでなら、良い話だなあで終わるのだろうが……。

 

 

 

しかし、それを言った張本人は子犬を足蹴にするという

 

暴挙に出ていたのである。

 

これにはビックリだ。

 

それ以降は、その大人の言うことを

 

素直に聞けない僕が居るのだった。

 

言ってることとやっていることが真逆な時。

 

子供にとってどれほどの混乱を呼び、信用を失うことか……

 

 

 

一方で、僕の親は挨拶を大切にしている人だ。

 

そして僕も大人になって、挨拶を大切さを実感するようになった。

 

挨拶がコミュニケーションの切っ掛けになることもあり、

 

職場での挨拶は丁寧にするようにしている。

 

ただ、僕は親から小煩く「挨拶しろしろ」と、

 

言われた記憶はあんまりない。

 

 

それでも挨拶を大事にする気持ちが根付いているのは、

 

いつもにこやかに挨拶をする親の背中を見てきたからであろう。

 

百の説教より、一つの行動。

 

子供に教えたいことがあるときは

 

親が率先して行動で示す。

 

そういうことが必要なのかもしれない。

 

 

 

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第6話「思いよ、君に届け」



 一生懸命に大事な話してるのに、どうして伝わらないのかなあ……

 

 誰にでも一度はある経験じゃないだろうか。

 

 夫婦間で話しても、自分の思いが伝わらなくてイライラしちゃう。

 

 そこから夫婦喧嘩に発展! そんな風にならないために

 

 今日はなんでうまく伝わらないのか考えてみた。

 

 

 

 

 イメージをイラストにしてみよう

 

 

 ちょっと簡単なテストをしてみよう。

 

 読んでくれている人は、時間があれば是非やってみて欲しい。

 

 必要なものは紙とペンと、僕の話に付き合ってくれる優しい心である。

 

 準備はいいかな? 

 

 それでは紙に「お月様」「車」「道路」「山」をイメージして描いてみよう。

 

 絵が苦手という人もシンプルで構わない。

 

 ちなみにしばらく下へいくと、僕が描いたものがあるので、描く前は見ないで欲しい。

 

 時間は1分間。それではスタート!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はいっ、終了!

 

 そしたら僕の描いた絵と見比べて欲しい。

 

 

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左:ヨス画伯   右:嫁画伯

 おそらく、完璧に同じ配置になったという人はいないはずだ。

 

 もしも一緒なら、相当の奇跡であろう。

 

 ちなみに嫁にも同じ条件で描いてもらった。

 

 見比べるとわかるように、こんなにも簡単な条件で同じように描いても完成図は変わってしまうのである。

 これは僕らがイメージするときは、自分の記憶に繋げて想像してしまうからだろう。

 

 コミュニケーションは言葉のやりとりだ。

 月という単語一つでも、相手がイメージするものは大きく異なってくる。

 会話には言葉がたくさん登場するわけで、言葉だけでイメージを共有することは難しい。

 

 

 

 

 イメージ×感情=無限大の思い

 

 「お月様」「車」「道路」「山」という景色を共有するだけなら、それほど難しいことではない。だって世の中には写真という便利なものがあるから。

 

 だけれども人間には感情という、目には映らないものがある。

 時々、「君の気持ちがわかるよ」と言う場面があるが、わかるやつはエスパーかなんかだろうか?

 

 育った環境や体験によって、イメージは全く変わってくる。

 そこに双方の喜怒哀楽が備わるからややこしい。

 

 そりゃ100%理解してもらうなんて不可能だと断言しよう。

 

 

 

 

 相手を知り、己を知ること

 

 ただ、夫婦というのは共にいる時間がとれるはずだ。

 確かに育った環境や体験によってイメージは変わるかもしれない。

 でも夫婦としいられる時間で、共有した体験をしたり、

 日々日常の些細なことからも相手を知ろうとすることで、

 互いがもつイメージを近づけることは出来るだろう。

 

 

 相手の考えを学びながら、阿吽の呼吸をとれる夫婦を目指したいものである。

 

 

 

 

 

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第5話「愛の代わりに芽生えるもの」

 

 

新婚生活の時のようなアツアツな気持ち……今でも持てていますか?

 

 

 

愛というのは3年から4年しかもたないといわれている。

脳内物質のドーパミン分泌の持続の問題であり、

脳科学的にも愛が薄れてくるという。

……なんとも夢のない話だ。

 

 

だけれど100歳までも生きられるようになりつつある時代に、

愛が3年しか続かないからそれ以上は一緒にいられない、

というわけにもいくまい。

 

 

3年というタイムリミット。

結婚すると相手の色んな一面をみることになる。

それは良い面ばかりではない。

自分にとって、「ええっ?」と思うようなことも、相手はしてくる。

それは完全に同じ価値観の人などいないのだから仕方のないことだ。

 

結婚してから3年以内ならアツアツホカホカな愛が

クッションになってくれて許せることもあるのだろう。

だけどあんまり頼り切ると、クッションもヘタってきてしまう。

 

 

 

3年というタイムリミット。

その間に何を育んでいくのかが、夫婦の行く末に大きく影響しそうだ。

 3年を過ぎたヨス家は一応平和だ。

そこで個人的に大切だなあと感じたものをピックアップしてみた。

 

 

 

価値観の擦り合わせ

 

 生きている限り価値観が出来あがっていくのは、誰でも同じだ。「こだわりがないからなんでもいいよ」という人もいるが、それは「こだわらない」という価値観を持っているのである。

 夫婦になるとこの価値観の影響は大きい。

「こだわりがない人」と「なんでも詳細に決めたい人」

 そんな真逆な2人が一緒に暮らせばどうなるか? 何かをするたびに相手の言動にストレスを感じることになる。

 だけど一緒に過ごす以上は、どちらかの言う通りにするわけにもいかないわけで、お互いが相手のことを知る必要がある。もちろん完全に価値観が一致することはありえない。

 すり合わせをして、相手がどんなことを好み、どんなことを嫌がるのか。譲れるところ、譲れないところを共有するのが大切だろう。

 

 

 

感謝を口にする

 

 人間というのは学習して、慣れる生き物である。それは生きるためには必要な機能だが、夫婦間においてはちょいと厄介なところもある。それは相手がすることを当然と感じてしまうことだ。

 仕事に行って稼いでくるのは当然のこと。

 食事を作ってくれるのは当然。

 いやいやいや……当然なことなんてないよ。それぞれが日々を頑張っているんだよ。

 感性を鈍らせてはいけない。

 ありがとう。その気持ちをちゃんと言葉にして伝えるべきだ。

 

 

 

 

適度な喧嘩

 

 

 時々、うちは喧嘩しないんですよ~という言葉を聞く。ここで思うのは喧嘩が完全否定されるのはなんで? ということだ。

 もちろんグーパンしちゃうような喧嘩、相手をおとしめて自分を高める口論はおすすめしない。

 でも、適度な喧嘩は、立派な情報交換である。私はっ! ボクはっ! こう考えてんだ! と感情を最大限に乗っけて喋っているだけなのだ。

 「うちは喧嘩をしない」という言葉の裏に、何かあればちゃんと話し合いの場を設けて相手の考えを知っている、という意味があれば非常に素敵なことである。

 ただし、相手を傷つけたくないから言いたいことを我慢しているならば、ちょっと危険だ。溜まったものはいつか大噴火として爆発する。蓄積期間が長いほどに威力は強力だ。

 

 

 

ごめんなさいを伝える

 

 子供に「ちゃんとごめんなさいしなさい!」というのはありふれた教育方法である。しかし、年齢を重ねるほどに謝罪の仕方が下手くそになっていくのは、なんとも矛盾した話ではなかろうか。

 相手に悪いことをしたなと思ったら、謝罪の気持ちを伝える。そうすることでお互い心のモヤが晴れて、明日からまたスッキリした関係でいられるだろう。

 

 

 

 

 

3年という愛のタイムリミット

きっとその間にコツコツと信用を積み重ねることで、

アツアツの愛に変わって、

一緒にいるとホッとするような愛情が芽生えてくるんだろうなあ。

 

 

 

 

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小説・キズナの詩(後編)

 ヨスが書いた親子系ジャンルの小説をアップロードしてみます。今回は後編になります。お暇な方は見てやってください。

 

前編はこちら⇒キズナの詩(前編)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギターの神様が愛用したギター。それを生で見られるとなれば、興奮するのも仕方ない。今日のあたしときたら、授業中に一回も睡魔が襲ってこなかったほどだ。

 

「晴子おばあちゃん、こんにちわっ」

 

 あたしは店に到着するや否や、ワクワクドキドキの勢いを隠そうともせず話しかけた。

 

「……」

 

 返事がない。晴子おばあちゃんは窓際で、どこか遠くを眺めたまま動かない。

 

「……ねえ陽子、おばあちゃんってば、どうかしたの? 調子が悪いの?」

「きずなもそう思うんだ。……おばあちゃん、ここ二日ぐらい元気がないんだよ」

 

 陽子の囁くような声には、心配そうな色が伺える。

 

「どうしよう。やっぱり身体の調子が悪いのかな。でも、おばーちゃんは大丈夫って言うし」

「晴子おばあちゃん」

 

 あたしは歩み寄って、そっと話しかけてみた。ようやく振り返ってくれた晴子おばあちゃんは、弱々しく微笑んだ。

 

「具合が悪いなら、横になったほうがいいんじゃない?」

「身体の調子はいつもと変わらないんだけどねえ」

「どうしたの? 何があったの?」

「別になにもないよ。心配してくれてありがとうねえ。そういえばお隣さんから貰った、芋ヨウカンがあるんだった。みんなで一緒に食べようかねえ」

 

 何もない人が、どうしてそんなに寂しい笑顔を浮かべられようか。

 

 誤魔化してどこかへ行こうとする晴子おばあちゃんの肩を、あたしはがしりと押さえつける。晴子おばあちゃんは、ハッとして振り返った。

 

 反射的に思わず掴んでしまった。もしかしたら、余計なお世話かもしれない。でも、たとえそうだとしても、いつもお世話になってる晴子おばあちゃんが悩んでいるなら、何かしてあげたかった。

 

 あたしは瞬きをすることも忘れ、ジッと晴子おばあちゃんを眺めた。すると、

 

「私もきずなちゃんみたいにして、あの人を引き止めてあげるべきだったのかもねえ」

 

 晴子おばあちゃんはぽつりと呟いた。

 

 

          ☆ ☆ ☆

 

 部屋の中央にあるテーブルをあたしら三人は囲う。お茶を入れたばかりの湯飲みからは、ほわほわと湯気が立ち上る。

 

「おとといのことだねえ。偶然にもあの時の若者が尋ねてきてねえ」

 

 晴子おばあちゃんがお茶をすする。まだ熱いだろうに息を吹きかけて冷ます様子はない。

 

「私はさすがに驚いた。彼も驚いていた。若者はずいぶんと年を重ねてたけど、昔の面影があったから私はすぐにわかった。目の輝きが若い頃と変わらないようだったからねえ。相手も私のことに、すぐ気づいたようだった」

 

 あたしは正座をして、膝元に手を乗せたまま聞き入った。陽子は芋ヨウカン好きのはずだけど、彼女も今だけは手をつけなかった。

 

「私はね、尋ねたんだよ。今もあの時願った夢を追い続けてるんですか、とね」

 

 夢。つまりミュージシャンのことだろう。

 

 路上でギターを弾くぐらいの人物なのだ。予想はできる。しかしミュージシャンになれるのは選ばれた一握りの人間のみ。もしかしたら相手はすでに諦めていて、それを晴子おばあちゃんは聞かされたのだろうか?

 

「それで相手はなんて言ったの? 挫折しちゃったとか?」

 

 すると晴子おばあちゃんは頭を横へ振り、一言。

 

「あの人は土下座してこう言った。『別に夢が出来た』と。『叶えるためにお金が必要だ。だからギターを買い取って欲しい』と」

 

 言っている意味がすぐにはわからなかった。

 

「昔、譲ったギターを、買い取って欲しいって……。なにそれっ! その人、頭がおかしいんじゃないの!? それで、もちろん晴子おばあちゃんは断ったんだよね?」

「いや、買い取らせてもらったねえ」

「どうしてっ! なんで買い取るの!」

「きずな! おちついてっ!」

 

 反射的な怒りに身を任せたあたしを、陽子がなだめてくれる。

 

 新しい夢を追いかけるためのお金が欲しい? 

 

 あたしがその場にいたら、思いっきり相手を殴ってやったのに。新しい夢とやらは、晴子おばあちゃんが託した思いを踏みにじってまで、叶えたいものなのかと問い詰めてやったのに。

 

「おばあちゃんもおばあちゃんだよっ! もっと怒ればいいのに」

「きずなちゃんが代わりに怒ってくれたから、それで私は十分だよ」

「晴子おばあちゃん……」

「長年生きてると色々あるからねえ」

 

 晴子おばあちゃんはわずかに頬をあげて微笑み、

 

「それよりも、なにがあったのか聞けなかったことが心残りでねえ」

 

 この人は、本当にお人よしだ。相手を恨むどころか、心配ばかりしている。悲しいはずの晴子おばあちゃんがこんなにも気丈に振舞うなら、あたしがこれ以上、あれこれ言うべきじゃないかもしれない。

 

「一つ安心したのは、あの人が決して音楽を嫌いになったわけじゃないってことだねえ」

 

 そう言うと晴子おばあちゃんは店内へと向かって、一台のギターケースを運んできた。ケースからギターを取り出し、我が子を慈しむように撫でる。

 

「手入れが行き届いたこの子を見れば、それがわかる」

「……えっ?」

 

 あたしは唖然とした。

 そのギターは年代物だが、大事にされていた輝きがある。でも、そこは問題じゃない。

 見たことがあるそのギター。雑誌で見かけたとかそういうレベルじゃなくて、それこそ毎日を共に過ごした見慣れたギター。あたしの家族も同然のそのギターは、

 

「それって、親父のギター……」

 

 頭の中が真っ白になっていく。

 

 

          

 

          ☆ ☆ ☆ 

 

 

「おう、きずな。おかえりー」

 

 珍しく早い帰宅をしていたらしい親父は新聞を読んでいた。そのすぐ側を、あたしは床を踏み抜かん勢いで通り過ぎる。目指すは部屋の隅においてあるギターケースだ。

 目を凝らせば普段のギターケースと若干違う。開けてみれば、そこにあるのは見慣れない傷だらけのギターだった。

 

「……このギターはなに? いつものギターはどこ?」

 

 怒鳴りたい気持ちをどうにか押さえ込む。それでも青白い炎があたしの中で燃えている。

 

「あー、それはだな。なんつーか、その……、ちょっと友達に貸したんだ」

「嘘つき……」

 

 頭をかきながら誤魔化すようにして笑う親父を、きつく睨み付ける。

 炎の色が静かな青色から灼熱の赤へと切り替わる。何か理由があると思った。尋ねれば誤魔化さないで話してくれると信じてた。でも、親父は隠そうとする。

 嘘をついてまで。

 嘘つき……、嘘つき……、嘘つき……、嘘つき……、嘘つき……、嘘つき……。

 

「嘘つきっ!」

 

 あたしの剣幕に押されたのか、いつものように親父は騒ぎ立てない。

 

「ギター……。貸したんじゃなくて、売ったんでしょ」

 

 親父の身体がびくりと跳ねた。

 

「親父の夢はミュージシャンだったんでしょ? 昔から憧れてたんでしょ? あたし、親父の歌声も、あのギターの音色も大好きで……。頑張ればいつか夢は叶うって思う。親父なら叶えられるって思う。なのに、どうして……。どうして、ギターを売ったの!」

「確かに昔はミュージシャンになるのが一番の夢だった。でも、今は――」

「もう、知ってるよ」あたしは親父の言葉を反射的にさえぎる。

「他に夢が出来たんだよね。叶えるためにお金が必要なんだよね。だから売ったんだ」

「それは――」

「他の夢が出来たからって、ミュージシャンになりたいって思いは、そんなに簡単に諦められる程度のものだったんだ!」

「きずなっ、違うんだ。俺は――」

「うるさい、黙れ! 聞きたくないっ!」

 

 耳をふさいで、嫌だ嫌だと親父の声を拒絶する。

 どんな言い訳も聞きたくない。

 

 親父が好きだった。めんどくさがりやで、世話のかかる親父だけど好きだった。ギターを楽しそうに弾いてる親父が好きだった。

 あたしらは世界で二人だけの家族じゃないか。もしも本当にやりたいことがあるなら相談してくれればいいのに。ギターを売るっていうのも一言あればよかったのに。

 

 でも、親父はあたしを裏切った。

 

 自分だけで決めてしまった。

 

 きっと母さんがいたら相談していただろうに、あたしには相談してくれない。

 

 それは家族としてのつながりを否定されたようで。

 

 ああでも、あたしだって親父に言えないことはあるなと思いつつ、伝えて欲しかったとも思うわけで。

 

 様々な色が塗られたキャンバスのように、感情がごちゃまぜになる。

 

 理屈としては理解出来ても、受け入れられないこの葛藤。

 

 でもあたしは怒らずにはいられない。一度導火線についた火は、そう簡単に消せない。

 

「俺は――、俺はっ――」

 

 親父が詰め寄ってきて両肩を掴んでくる。

 瞬間。

 あたしの混乱した思考は爆発した。

 

「触らないでっ! クソ親父なんて大嫌いっ!」

 

 あたしは拳を振るった。手加減という言葉を忘れ、怒りに身を任せ、親父の右頬へとおもいっきり右ストレートを叩き込んだ。

 

 親父はよける暇もなく、ひっくり返った。

 

 右手が痛かった。それ以上に心が痛かった。

 

「……勝手にしやがれ

 

 ひどく傷ついた表情でぼそりと呟く親父を前にして、あたしはハッとする。

 

 今、あたしは何をした? 

 

 いくらなんでもやりすぎだ。

 

 一瞬にして、頭の芯が冷えていく。

 

 ごめんなさいと言わなきゃ! 言わなきゃいけないのにっ!

 

 親父は勢いよく立ちあがり、玄関から外へと飛び出して行く。あたしが咄嗟に伸ばした手は空を切った。

 

 たった六文字の謝罪の言葉は、親父に届かない。

 

 

          ☆ ☆ ☆ 

 

 次の日。あたしが起きてリビングへ向かうと、親父の姿はなかった。

 

 もう仕事へ行ったのかと思っていると、玄関の扉がきしみながら開かれる。

 

 そこにいたのは親父だった。もしかすると一晩中どこかをさまよっていたのだろうか。

 

 視線を合わせることもない。お互い口を開こうともしない。昔、喧嘩したときよりも空気が張り詰めていて、居たたまれなくて、あたしはすれ違うようにして家から出た。

 

 閉じられた玄関のドアに背を預けた。優しく包み込んでくれる陽光に身を任せながらふと思う。

 

 おかえりって言えてれば、行ってきますって言えてれば、話すきっかけになったのに。

 

 不協和音が平林家を包み込む。それはチューニングされてないギターみたいに嫌な感じだった。

 

 

          ☆  ☆  ☆

 

 

「――な」

「……」

「きずなってばっ!」

「んー、なーに?」

「なーにーじゃないよう! さっきから話し聞いてないでしょ?」

「あー、ごめんねー」

「……どうしたの?」

 

 昼休み。いつもの明るい笑顔はどこへやら。表情を曇らせた陽子が、クリームパンを食べるのをやめて、不安そうにしていた。

 

 親父との喧嘩を思い出して気が沈み、陽子を心配させてしまうあたしがいることで自己嫌悪。思考の天秤は悪いほうへと傾いていく。

 

「なにかあったの?」

「なんもないってば」

「……そっか。なんだかよくわからないけど、あんまり一人で抱え込まないでね。話したくなったらでいいから相談してよ。私ってばとろくて頼りないかもしれないけど、話を聞くぐらいはできるからね」

 

 陽子があたしの手をぎゅっと包み込んでくれる。彼女の手はとっても温かい。

 

「陽子は優しいね」

 

 ありがとうって気持ちをこめて、手を握り返す。

 

 親父との喧嘩。謝りたい気持ちと、「なんで?」という疑問の気持ちが今でも混ざり合っている。正直、どうしていいのかわからない。

 

 相談か。母親が死んでからそんなことをした記憶はないけれど、時には誰かに甘えてもいいのだろうか?

 

「実はあたし――」

 

 陽子に話してみようかなと口を開きかけた瞬間、

 

「平林っ! いるかっ!」

 

 教室の扉が乱暴に開け放たれる。一瞬、親父か飛び込んで来たのかと期待したけど、そこにいたのは担任の教師だ。どういうわけか、彼の表情に焦りの色が鮮明に浮かんでいる。

 

 どうしてだろう。心臓がつぶれそうなぐらい、嫌な予感がした。

 

 担任教師はあたしへ向かって一直線に歩み寄ってくると、

 

「落ちついて聞くんだぞ」教師は唾を飲み込み、「お前の父親が事故にあったそうだ」

 

 

          ☆ ☆ ☆ 

 

 ランプが点灯中の手術室の前に立ち尽くす。この扉を開ければ親父がいる。

 

 手の震えが止まらない。そんな腕であたしは自分の身体を力いっぱい抱きしめる。冬でもないのに寒気を感じた。

 

「きずな、向こうの椅子に座ろうよ」

「いい……。あたしは、ここで待つ」

「でも、少し休まないと辛いんじゃ――」

「ここにいる」

 

 学校を早退して病院へ急行したあたしに付き添ってくれた陽子。担任教師も来たはずなのだが、今は姿が見えない。

 

 親父は勤務先へ向かう途中で、事故に巻き込まれたとのことだった。車に轢かれそうになった他人を、我が身の保身など考えず助けにいった結果とのことだ。轢いた運転手には土下座して謝罪された。親父が助けた人間からは、涙しながら感謝された。

 

 どっちの対応をした時も、あたしはほとんど話を聞いちゃいなかった。

 

 あたしは知っている。母親の死を。

 あたしは知っている。家族を失う悲しみを。

 親父が死んでしまうかもしれない。

 気持ち悪い。頭が痛い。心が押しつぶされる。

 

「どうしよう、陽子。親父がいなくなったらどうしようっ! あたし、一人になっちゃうよ」

「きずな……」

 

 陽子はそれ以上何も言わず、あたしの身体をぎゅっと抱きしめてくれた。

 やがて手術中のランプは消え、扉がゆっくりと開け放たれる。手術を担当したであろう医師が、沈痛な面持ちで現れた。

 

「残念ながら――」

 

 

          ☆ ☆ ☆

 

 

 白い枕に頭をうずめた親父が病室のベッド上で横たわっている。

 

 病院の個室から見える病院の中庭。広がる曇天。雨露が木々を濡らしている。

 

 親父の意思とは無関係に、点滴やら心拍を管理する装置を繋がれるその姿はもの悲しい。

 

 親父のベッドのすぐ脇に椅子を置いて、あたしは親父の手を握り続けた。

 

 手は少し冷たかった。

 

「……親父」

 

 返事はなかった。

 

 親父は一命こそ取り留めたけれど、まぶたを開くことはなかった。

 

 意識不明。もしかすると永遠に目を覚まさないかも。医者はそんな風に言っていた。

 

 

          ☆ ☆ ☆

 

 

 それから一週間、あたしは毎日、病院へと通い続けた。学校には行かず、病院の面会時間をずっと親父の手を握り続けることで過ごした。

 

 さすがに陽子を巻き込むわけには行かず、彼女は登校している。学校が終わった後は病院へと顔を見せてくれる。帰るときは自宅へとついてきてくれて夕食まで作ってくれる。陽子の作ってくれるご飯はおいしくて、やっぱりいいお嫁さんになりそうだなあって思う。

 

「きずな、ご飯出来たよ。一緒に食べよ」

「お腹減ってないから後でいい」

「ダメだって。そう言って、この前だって食べなかったでしょ」

 

 陽子は物怖じせずにあたしの背を押して、食卓まで誘導してくれる。彼女の優しさが嬉しくあり、同時に疎ましくも感じられる瞬間だ。

 

「いただきまーす」

「いただきます……」

 

 ノロノロと箸へ手を伸ばす。

 

 肉じゃがをつまみながらふと考える。あたしってばこんなに弱い人間だったっけ、と。平林家で振りまいていた明るい自分は嘘だったのか、と。

 

 それは違う。あの時のあたしは確かに存在した。無理をして明るく振舞ってもいない。

 

 ただあの時のあたしは、親父という支えがあってこそのあたしだった。

 

 その親父が手の届かないところへ行ってしまうかもしれない。

 

 そう思うだけで、涙がとめどなく溢れる。

 

「きずな……。あの、その……、その肉じゃが美味しくなかった?」

「ううん、美味しいよ」

 

 ちょっとばかり塩味が効きすぎてるけど。

 

 ティッシュで鼻をかみ、ゴミ箱へと捨てる。ゴミ箱は丸めたティッシュの山であふれかえっていた。そういえば、親父が倒れたあの日から家のことは何もしてなかったっけ。

 

 陽子もちり紙のことが気になったのだろう。食事中だけどゴミ箱へと手を伸ばし、片付けようと抱え込んで移動を始めたところで、

 

 すてんっ! 何もないところで転んでしまった。

 

「あたたたた」

「ちょっと、大丈夫?」

 

 赤らんだ鼻をさする陽子。あたしが他人を気にかけるなんて一週間ぶりだ。

 散らかったゴミ屑にあたしは手を伸ばす。そのほとんどはやっぱりちり紙だった。

 

「……なにこれ?」

 

 ちり紙とは別に、メモ用紙がぐちゃぐちゃに握りつぶされたものが何枚もあった。

 あたしはメモ用紙を掴む。何気なく広げてみるとそこには、

 

「えっ?」

 

 目を疑った。それは確かに親父の汚い字だった。それよりもこの文章は一体なんだろう?

 

 鉛筆で書かれた文字は、さらに鉛筆で塗りつぶしてあるから、ちょっと読みにくい。

 

 別のメモ用紙を広げる。他のメモ用紙を広げる。またメモ用紙を広げる。

 

 ――お前は医者の夢を追い続けろ。

 ――俺が支え続けるから。

 ――お前の幸福を、俺はいつだって願ってる。

 

 どのメモ用紙にも親父の字が乱雑に書きなぐられている。どこか詩的な一文一文が、時に丸をされ、ほとんどはバッテンをつけられている。

 

 そして最後の一枚には。

 

 ――お前の笑顔が、俺にとっての幸せだ。

 

 メモ用紙を持つ右手が小刻みに震える。

 これは歌詞の一文だ。誰に向けられたものか、何を思って書きつづったのか確認するまでもない。でも、あたしの本当の夢をどうして親父が知っていたのだろう。

 

「もしかして」

 

 あたしは、ハッとして部屋へと駆け込む。本棚の右隅を覗き込んで確信する。

 

 いつかそこへと詰め込んだはずの大学の資料。あれから一切触れてなかった大学の資料。

 

 よくよく確認すれば、詰め込み方が妙に雑となっていた。

 

 それはあたし以外の誰かが触った証だ。

 

 呆然としてあたしはその場に膝を着く。

 

 なんのために愛したギターを売ったのか。その夢に興味はなかった。だから深く考えなかった。

 

 でも、その答えを見つけてしまった。

 

「きずな……」

「陽子。あたし……、親父に酷いこと言ったんだ」

 

 後をついてきてくれた陽子に向かって呟く。

 バカなのはあたしだった。なんにもわかっちゃいなかった。

 あたしが夢を叶えること。それこそが親父の夢だった。

 

「あたしが悪いんだ」

「きずな、そんなに自分を責めないで」

「あたしが間違ってた。大事だったのに……、大好きだったのに……、どうしてあたしは……、あたしはっ!」

 

 大嫌いなんて言ってしまったんだろうか。

 

 後悔が心を侵食していく。

 

 救いようのない、あたしという人間。

 

 謝りたいよ。でも、言葉は届かない。

 

「きずな」

 

 陽子はゆっくりと、あたしを抱きしめた。それはとってもやわらかな抱擁で。

 

「人は誰だって、間違いをいっぱい背負って生きていくんだよ」

 

 陽子のぬくもりは、陽だまりのような温かさで。

 

「他人を傷つけちゃったり、自分を傷つけちゃったり……。失敗して、つまずいて……。立ち止まってもいいんだよ。休んだっていいんだよ。間違ったっていいんだよ」

 

 陽子は両腕をあたしの背中に回した。

 

「ひどいこと言っちゃったって思うなら、ごめんなさいでいいんだよ」

「でも、親父はあんなになっちゃって……、もう言葉は……」

「お父さんは返事が出来ないだけだよ。きずなの心からの言葉は、きっと届くよ。だから話しかけてあげて。きずなが諦めなければきっと、お父さんは帰ってきてくれるよ」

「心からの、言葉……」

 

 今まで、何回話しかけても身動き一つなかった。話しかけるだけで親父が帰ってくるなんて、ありえないと思ってしまうあたしがいる。

 

 でも、はたして、あたしは本気で思いを伝えようとしていただろうか。

 

 魂の叫びを言葉にしてただろうか。

 

 今、思うのは、あたしの中にある思いを親父に届けたいということ。

 

「あたし、もっともっと一生懸命に話しかけてみる」

「うん。じゃあ明日一緒に病院へ――」

「今から病院へ行ってくる」

「い、今から!? だってもう面会時間は過ぎて――きずなっ!」

 

 陽子の制止の声を振り切って、あたしはギターケースを掴み取り、病院へと駆ける。

 

 

          ☆ ☆ ☆ 

 

 後先考えずに病院の敷地内へと飛び込んで、看護士に見つかり、警備員にはライトを向けられる。それでもあたしは止まらない。

 

 静まり返った夜の病院を全力で駆け抜け、あたしは親父が眠る病室へと飛び込んだ。

 

 しばらくすると廊下の方からあわただしい足音や声が聞こえるようになったが、いくつもある病室の中から、あたしをすぐに見つけるのは無理だろう。

 

 親父の手を強く握る。

 

 気持ちを伝えようと口を開きかけて、でも上手く言葉に出来ない葛藤がある。

 

 そんな時、ふと脳裏によぎる言葉があった。

 

 

 

 ――誰かに思いを伝えたいという気持さえあれば、音楽の力に限界はない。

 

 

 

 ギターの神様の残した言葉だ。

 

 あたしはギターを取り出した。ただ話しかけるだけではダメな気がした。本気で気持ちを伝えるなら、あたしが全力の叫びを親父に届けるには、親父とあたしをつないでくれた音楽こそが必要だと思った。

 

 技術もくそもない、感情任せに弦を弾く。ただかき鳴らす。

 

 あたしには世界の誰かに何かを伝えるような、そんな大層な音楽は出来ない。

 

 それでも。

 

 たった一人の大切な人に、伝えたい気持ちならある。

 

 道に迷って、ようやく答えにたどりついたよ。

 信じなきゃいけないものがあった。

 失っちゃいけないものがあった。

 大事なものはすぐそこにあった。

 あたしにとって かけがえのないぬくもりはすぐ側にあったんだ。

 思い浮かぶのは親父と過ごした記憶。

 頭をなでてくれる親父の手はとっても大きかった。

 小さい頃に繋いだ手は温かかった。

 あたしが大きくなって手を繋がなくなっても、心の中で手を引いてくれていたんだね。

 いなくなって、はじめて気づくことができたんだ。

 側にいてくれるから幸せだった。

 喧嘩できるから幸せだった。

 一緒に笑えるから幸せだった。

 それは他の誰でもない 親父だけがくれるぬくもりだったんだ。

 

 

 あたしは歌った。歌というよりも感情の吐露だった。

 

 思いを言葉にするのは難しくて、たぶん言ってることは無茶苦茶だったろう。

 

 それでもあたしは歌い続ける。

 

「ごめんなさい。大嫌いなんて嘘だよ。あたしにとって親父は……、親父はっ――」

 

 顔が涙でぐちゃぐちゃになっても構うことなく、あたしは微笑みながら、

 

「かけがえのない人なんだ」

 

 全力で、心の底から、魂の詩を歌った。

 

 

          ☆ ☆ ☆

 

 

 

 あたしがやったことといえば、自分の気持ちを大声で暴露しただけ。

 

 結局、あたしが歌っても親父が目覚めるなんてことはなかった。

 

 そりゃそうだ。歌うだけで意識が戻るなら、医者が歌えばいいのだから。

 

 奇跡。そんな都合のいいものが起きるわけもなく。

 

「何をしているんだっ!」

 

 騒ぎを聞きつけた警備員がやってくるのにそれほど時間は必要なかった。手首をつかまれてしまえば演奏はもう出来ない。

 

 あたしはギターを親父のベッドの脇へと立てかける。

 

 抵抗する気はなかったから警備員の腕を振り払わない。夜にこれだけの騒ぎを起こせば当然の報いだ。

 

 あたしは警備員に引きずられるようにして、病室を後にしかけて――。

 

 みょ~ん。

 

 いつか昔、聞いたことのある間抜けなギター音が病室に響いた。

 

 みょ~ん、みょ~ん、みょ~ん。

 

 それは気が抜けるような音で。リズムとしてもなっちゃいなくて。

 

 あたしではない。警備員でもない。だとすればその音を出すのは一人しかいない。

 

 警備員の腕を振り払い、ベッドへと駆け寄る。

 

「……親父?」

 

 布団の中から伸びた手が、立てかけられたギターの弦へと触れている。

 

「下手くそな歌だなあ……」

 

 弱々しい声。でも、なによりも聞きたかった声。

 

「だけど……最高だったぜ」

 

 そう言って、親父は頬をわずかに上げて笑った。

 

 気持ちを抑えきれず、あたしは親父の胸元へと飛び込んだ。

 

「おかえり、親父」

 

 ぬくもりは、確かにそこにあった。

 

 

          ☆  ☆  ☆

 

 

 日曜日の朝八時の出来事。

 

「紙の無駄使いをするなっ! ほら、これも、こっちも、まだまだ裏に書けるでしょ!」

 

「うっせーな。そんなにケチケチしないで、ノートを買えば良いじゃねえか」

 

「節約できるところは節約するの! ノート代だってバカに出来ないんだからっ!」

 

 横になってくつろぎモードに入ってる親父がいる。

 

 右手に赤本を持ち仁王立ちをとるあたしがいる。

 

 退院したばかりの親父は、随分体調が回復したらしく顔色がいい。いつものように、かなーり適当な言動が目立つ。

 

「へいへい。わーったよ。今度から気をつけるって」

 

 そんな謝り方をする親父を前にして、あたしはやれやれとため息をついた。こいつは反省してないな。もう一度やったらこの赤本の角で叩いてあげるとしよう。そんなことを思う。

 

 ぴんぽーん。来客を知らせるチャイムが鳴った。

 

「きずなー?」

 

 どこか心を落ち着かせる間延びした声。陽子が迎えに来たのだ。

 

「じゃあ、あたし、図書館に行ってくるからね」

 

「図書館? 何しに行くんだ?」

 

「そりゃあもちろん――」

 

「図書館といえば本だな? 色々な本がある。つまりエロ本も読み放題に違いな――いや待て俺が悪かったから殺傷力抜群の分厚い本を投げようとするなっ!」

 

「勉強に決まってるでしょうがっ!」

 

 ご近所様に迷惑なほど、ぎゃあぎゃあと賑やかに騒ぎたてるあたしと親父。

 

 天国にいる母さん、聞こえますか?

 今日も平林家は幸せに満ちあふれてるよ。

 

 

~Fin~

 

 

 拙作を最後まで読んでいただいた方、ありがとうございました。

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小説・キズナの詩(前編)

 本日はヨスが書いた親子系ジャンルの小説をアップロードしてみます。前後編にわけていきます。お暇な方は見てやってください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キズナの詩 作者:ヨス

 

 

 

 

 

お前のためなら全力になれる。

そんなかけがえのない絆。

あなたは持ってますか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 昔はあたしにだって、白い花のような、純真な時期というものがあった。それはあたしこと、平林きずなが小学三年生の時のこと。

 

 築十年のアパートがあって、開け放たれた窓から吹き込むのは春一番の風だ。窓際に腰を下ろしている平林一心は腕の中にアコースティックギターを抱えている。

 

 六本の弦が奏でる旋律は、時に優しく、時に雄々しく。

 

 春以上に春らしいその音色は、目を閉じて耳を傾ける者の心に、お日様のような温かいものを残していく。

 

「わー、すごいすごい!」

 

 あたしは、パチパチ、と拍手をする。

 

「すげえのは当然だろ? 俺が弾いてるんだからな」

 

 父さんは白い歯をむき出してニンマリと笑い、わしゃわしゃとあたしの頭を撫でてくれた。

 

 言葉遣いは乱暴で、子供がそのまま大きくなったような父さん。休みになれば公園へと飛び出してって、あたしとか、近所の子供と一緒になって馬鹿騒ぎをする父さん。そしてなにより好きなのは音楽をやっているときの父さんだ。

 

「父さん、あたしもギターやってみたい」

「じゃあこっちにこいや。ここを押えて――」

 

 みょ~ん……。みょ~ん、みょ~ん、みょ~ん。

 あたしが弦を弾くと気の抜けそうな音が響いた。リズムも音色もなっちゃいない。

 

「あ、音が出た! ……でもなんか変な音だよ?」

「そりゃお前、きちんと押えられてないからだな」

「うあー、ギターって難しいんだね」

「どんなことも最初っから上手くいくはずないだろ。練習しまくるんだよ。そうすると指の皮が硬くなってきてな、弦を押えやすくなるんだぜ」

「父さんも、がんばって練習したんだ?」

「まあな。音楽で飯を食うのが夢だったからな」

 

 父さんの手を握ってみると指がカッチンカッチンなのがわかる。

 

「……なあ、きずな。お前には夢ってあるか?」

 

 父さんは珍しく真面目な顔をしていた。

 

「あたしは父さんのお嫁さんになりたい!」

 

 そう言うと、父さんの動きが一瞬停止し、頬をぽりぽりとかきはじめる。

 

「嬉しいこと言ってくれるじゃねえか。まあ、それもいいんだけどよ。将来なりたい職業はあるか?」

「そーいうことなら……、何でも治せるお医者さんになりたい」

 

 背中越しに伝わってくる父さんの心音が、少しビートを早めた気がした。

 

「それで母さんの病気を治して、また三人で一緒に暮らしたいなって」

「そっか……」

 

 父さんの大きな手があたしの頭に添えられて、ぽふぽふなでなでとしてくれる。少しだけしんみりとした空気。母さんは、今、病院に入院してるのだ。

 

「じゃあ、今日も由紀の見舞いに行くとすっか!」

「うんっ!」

 

 父さんの太陽のような明るさの中に、ちょっと……、ほんのちょっとだけ、海のような寂しさがあったのを、あたしは今でも覚えている。

 

 もしかしたら、父さんは母さんがすでに長くないことを知っていたのかもしれない。

 

 

          ☆  ☆  ☆

 

 

「だからっ、食べ物を残すなっ!」

「朝からうっせえな! そんなにガミガミ怒鳴らなくたって聞こえてるっての!」

 

 ついに築十八年に到達したアパートを破壊しようかという怒鳴り声の応酬が、今日も始まった。早朝からエネルギーを使いたくないのは、あたしだって同じだ。

 

 言い合いの原因は目の前にいる親父――平林一心にある。無精ひげに、まとまりのない髪の毛、上はシャツ一枚、下はトランクス一丁という、気の抜けたスタイル。ひどい格好だが日常茶飯事だし、あたしも見慣れてるし、それはさしたる問題ではない。

 

「プチトマトを残すなっ。もったいないでしょうがっ!」

「そんな食感の悪いもの死んでもくわねえからな。てか、お前、学校に遅刻するぞ!」

「世の中には食べたくても食べられない人がいるんだから。つべこべ言わずに食べろ! あと、親父が食べたらさっさと学校へ行くっての!」

 

 部屋の中央にあるちゃぶ台の周りをドタバタと駆け回る。今日もうるさくしてごめんなさい、ご近所様。でもせっかくのプチトマトをありがたく頂けないこいつには、躾が必要なんです。

 ついに壁を背にした親父へ、プチトマトを右手に持ったあたしは襲い掛かる。

 親父は手首のしなやかさを利用したスナップでプチトマトを撃墜しようとする。だが、甘い。あたしはプチトマトを持つ右手の軌道を、蛇みたくニョロリと変えて回避。驚きであんぐりと開いた親父の口へ、あたしはプチトマトをシュートする。

 

「どんな食べ物にも感謝して食べなきゃ。残したら、もったいないオバケがでるわよ」

「げほっ、げほっ! 俺はオバケなんざ信じてないからいいんだよ」

「オバケがいるとかいないとか、そーいう話じゃないの。って、あああっ! もうこんな時間なのっ!?」

 

 ふと時計へと目をやれば七時四十五分を過ぎている。自転車を全力でこいだとして学校までは三十分ぐらい。始業ベルは八時十五分。やばい、遅刻の危機だ。

 

 学生鞄は何所へ……。視線を走らせると、部屋の隅の立てかけられたギターケースの側に、目的の鞄はあった。鞄を乱暴に引っつかむと、タンスの上におかれた母の写真――平林由紀の写真に一言告げる。

 

「母さん、行ってくるね」

 

 あたしは壁に寄りかかった親父の上をひらりと飛び越えへ、玄関へと突っ走る。

 

「おい、きずなっ」

 

 革靴を履きながら振り返れば、そこには手を振っている親父の姿があった。

 

「今日も元気に行って来いや」

「うん。行ってきますっ!」

 

 親父が満面の笑みで送り出してくれるから、今日もあたしは元気よく家を飛び出せるのだ。

 

          ☆  ☆  ☆ 

 

 

 母が病気で亡くなってから六年が経ち、平林家は親父と、高校二年生になったあたしだけになった。喧嘩したり、笑いあったりと賑やかな我が家。ご近所様の間でも、騒ぎがあれば「また平林家か」と思うことだろう。

 

 今日のお弁当にいれたプチトマトしっかり食べてるかな。食べなかったらどうしてくれようか。そんなことをぼんやりと考えていると、

 

「きずな……、ねえ、きずなってば。私の話、聞いてよう」

 

 声がするほうを見れば同じクラスの山本陽子がいた。

 

 ちょっとぽっちゃりとした、丸みのある女の子。三つ編みにまとめた髪が妙に似合っている。右手には、五個入りのミニアンパンの袋があった。

 

 食いしん坊で運動とかは苦手だけど、そこにいるだけで他人を癒せるような、優しい雰囲気を陽子はもっている。彼女とは中学校からの付き合いだ。

 

「ええと、ごめん。ぼーっとしてた。あはは……」

「リクエストが入ってるよ。パニッカーズの『絆』だって」

「絆……。どんな曲だっけ?」

「『あなーたーの笑顔が~、僕の笑顔~』って感じのサビなんだけど。弾けそう?」

「オッケー。なんとなく思い出してきた。弾いてみよっか」

 

 弁当を食べて一息入れた後に、ギターを弾くのが昼休みの習慣だ。このギターはあたしの物ではない。あたしが弾けると知った陽子が、わざわざ持ってきたものだ。

 クラスの喧騒が遠のいていく。クラスメートは音色に心をゆだね、足を止めて廊下から覗いてくる人たちもいる。

 

「さすがだよね。ホント、上手いなあ」

「上手くないってば。あたしのギターは本物じゃないし」

 

 うっとりとした声でほめてくれる陽子を前にして、あたしは内心で苦笑する。確かにそこいらの人よりも技術はあるかもしれない。でも、本当に音楽が上手いというのは、音を通じて誰か一人の心に、根強く何かを残せるということ。あたしのギターは上辺だけ。

 

「きずなのお父さんと比べちゃうと、まだまだダメ、なんだよね? 相変わらずだなあ」

「……なんでそこでちょっと笑うわけ? っていうか、相変わらずってなによ?」

「ふふふっ。相変わらずお父さんが大好きなんだなあって」

「ばっ、誰があんな奴のことっ!」

「はいはいっ。嫌いなんだよね? わかったわかった」

「なによその妙に温かい眼差しはっ!」

 

 こいつはあたしが親父と仲がいいことを知っている。念のため言っとくが、ファザコンではない。それでも世間一般の父娘の関係よりは仲がいいのは認めよう。

 

 親父ウザイクサイキモイとかいう、多くの女子高生に見られる反抗期的な感情は、あたしにはないのだ。でも、ダメなことはダメとはっきり告げる。そこから喧嘩に……、喧嘩っぽいものに発展することはある。

 

 じゃあマジ喧嘩はないのかと聞かれれば、そんなことはない。あれは今から三年前。一度だけ本気で親父と喧嘩したことがある。

 

 お互い意地っ張りだから、謝りたいけど謝れない状況が三日ぐらい続いただろうか。

 

 仲直りの瞬間は唐突にやってきた。

 

 瞳を閉じれば、今でもまぶたの裏に浮かび上がる。授業中にもかかわらず教室へ乗り込んできて、「きずなぁ! 俺の歌を聞けぇ!」と叫び、親父はギターをかき鳴らしながら全力で歌い始めたのだ。

 

 

『お前を見つめるけど ごめんなって言葉に出来なくて

 口を開きかけるけど すまねえって声にだせなくて

 素直になれなくて 感謝は伝えたくて

 だから不器用な歌を歌おう 感謝の光を集めて歌おう

 いつだって どんなときだって 感謝してる

 叱ってくれて 笑顔を見せてくれて 感謝してる

 俺が笑っていられるのは お前のおかげだ

 一緒にいてくれて ありがとな』

 

 

 

 あたしは唖然とした。教室は騒然とした。教師は愕然とした。

 

 周りからみれば意味不明な曲だったろう。

 でもあたしにとっては最高の曲だった。

 六年という年月は色々なものを得たり、失ったりするには十分な時間だけど。

 まったく変わらないのは、あたしが親父を大好きということだ。

 

 

          ☆  ☆  ☆

 

 

 ある日の放課後ホームルーム。

 

「自分の将来のことなんだから、しっかりと考えるんだぞ」

 

 そう言い残して、担任はホームルームを締めくくるように学級委員に指示を出す。

 

 学級委員は挨拶の号令をすませると、すぐさま何かを読み始めていた。あれは赤本だ。

 

 赤本。大学別の入試過去問題集と表現するとわかりやすいだろうか。

 

 赤本を読んでいるから、あの学級委員は大学入試組なのだろうとわかる。

 

「きずな~、これ、どうすればいいかなあ」

 

 放課後の喧騒が教室内に広がる中、陽子が右手に一枚の紙を、左手にポテチの袋を持って、トテトテ歩み寄ってきた。

 

 どこか小動物っぽい陽子の瞳に困惑が宿っている。彼女の右手には進路調査票という紙があって、奇遇なことにあたしの右手にも同じものがある。

 

「自分が何になりたいか。そこを詰めて考えれば、書けるんじゃない?」

「将来なりたいもの? たとえばお嫁さんとかかなあ」

「心のすさんだ現代人からは聞けそうもない将来像が、ここで聞けるとは。あたしゃあ感動のあまり、泣きそうだよ」

 

 頬に手を当てて悩む彼女は実に愛らしい。彼女ならきっと良いお母さんになれるだろう。もしも、あたしが男だったら放っておかないところだ。

 

「きずなはなんて書くの?」

「そうねえ。あたしは……」

 

 あたしは5センチ以下になった短い鉛筆で進路調査票に、とある大学の名前を書いてみた。鉛筆の長さ的にちょっと書きにくい。でもまだまだ使える鉛筆だし、捨てるのは勿体ないと思ったり。

 

 夢はあるのかと問われれば答えは即答できる。

 

 母を奪った病を、治せるような医者になることがあたしの夢だ。

 

 でも、医者になるには莫大なお金が必要だ。たとえ国立の大学に入ったとしても数百万は掛かってしまう。平林家にそんな金があるのかと自問自答すれば、答えはノーである。お金はない。借金はある。母が生きていた頃に、治療代がふくらんで出来てしまった借金が。

 

 医者になれないなら大学に未練はない。一人奮闘する親父を助ける意味でも、就職を目標にすべき――なんて理屈では思うのだけれど。

 

 

           ☆  ☆  ☆

 

 

「で、なんであたしは大学の資料請求をしちゃったんだろ。バカじゃん……」

 

 吸い込まれそうな青空の下。どんよりとした雲みたいな気分で自転車を押して歩く。

 隣に陽子がいれば、どうしたの、と聞いてくれるだろう。でも、陽子は委員会に参加しているから、隣に彼女の姿はない。

 

「ホント、バカなんだから……」

 

 もう一度、繰り返す。

 

 あたしの学生鞄の中には、とある国立大学のパンフレットや資料がある。物量的には重くはないが、どっちかというと罪悪感で心が重い。

 

 偶然、自宅から通える範囲の国立大学の名前を知っていて、資料を請求できる環境がある我が高校が悪い。そういうことにしておこう。

 

 ともかく頼んでしまい、手元に来てしまったのだ。読まずに捨てるというのもどうかと思う。かといって自宅で読むのも気が引ける。そういう時に入り浸るのは、あそこしかない。

 

 自転車を押して、わき道にそれると、とある店が目に止まった。

 

 楽器専門店『フロンティア』。

 

 店の看板には赤錆がついていて、外見からして老朽化が進んでいるその建物は、地震でもきたらつぶれてしまいそうだ。

 

 意外に広々とした店内。外見とは裏腹に、窓際に指を滑らせてもチリひとつない清潔感。ギターだったりトランペットだったり、フルート、ピアノ、ハープ……エトセトラエトセトラ。いろんな楽器がある。古いものが多いが、楽器として愛されているのがわかる。手入れが行き届いた楽器は、味があるといえるだろう。

 

「おやまあ、きずなちゃん。いらっしゃい」

 

 店の奥から現れたのは、背中が丸くて一本の杖を支えに立っている、いかにもおばあちゃんといった風貌の女性。笑い皺が年輪のように刻まれ、どことなく恵比寿様を連想させる目じりをしている。

 

「こんにちは、おばあちゃん。お邪魔してます」

 

 あたしは笑顔で挨拶をする。老女も微笑み返してきて、より一層、皺が深くなる。

 彼女の名前は山本晴子。フロンティアの店主であり、陽子のおばあちゃんでもある。

 

「飲み物はお茶でいいかねえ?」

「あ、いいよいいよ、おばあちゃん。あたしがやるからさ」

 

 店の奥へと向かおうとする晴子おばあちゃんを追い越して、あたしはテキパキと行動する。

 

「いつも悪いねえ」

「気にしないで。おばあちゃんはカウンター席にでも腰掛けて待ってて」

「お茶の場所は――」

「大丈夫。全部わかってるから!」

 

 自宅件お店であるフロンティア。店の奥に晴子おばあちゃんの生活する居住空間がある。八畳の広さの和室。お茶があの戸棚にあって、お茶菓子はこっちの棚にあって、と大体の場所は把握している。

 

 あたしと晴子おばあちゃんは、店のカウンターにお茶菓子と湯のみを並べて仲良く談笑を始めた。お客は一人も来ない。よくお店が続くなあと思うかもしれないが、先立ってしまった旦那さんの残してくれた遺産で経営する趣味的な店だから、客がいなくても問題ないとのことだ。

 

 晴子おばあちゃんとあたしが話し始めて一時間が経過。あたしの次に店へと来たのは、

 

「おばーちゃん、遊びに来たよ。って、あれ? きずなってば、来てたんだ?」

 

 ドーナツをはむはむと食べている陽子に向かって、あたしは手をひらひらと振った。

 

 

          ☆  ☆  ☆

 

 

「勇敢な一歩なら~ 後悔など置き去りさ~」

 

 店のギターを借りて、西遊記というグループの『明日へと続く道』を歌う。陽子は一曲終わるたび、嬉しそうに拍手する観客と化していた。晴子おばあちゃんは、相変わらずニコニコするばかり。

 

 どうやって集めたのかは謎だが、この店の楽器は有名なものが多いらしい。今、あたしが手にしてるのは、世界中のアーティストから支持されているマドロエルというブランドのものだ。

 

 あたしが生まれるよりはるか昔に、クラシックギターの神様と呼ばれたジェラルド・オースティンという男がいた。彼を魅了し、「生涯、自分はマドロエル製以外のギターは使わない」とまで言わせたブランドとのことだ。

 

 繊細でありながら透明感のある音を売りとしており、その音色の美しさときたら、音楽のプロが聴けば弦の響きから「マドロエル製だな」とわかるほどとか。

 

 マドロエル製のギターは、一般に売り出されているもので十万円以上はする。目玉が飛び出そうなほどの値段。十万円もあったら、十キロが三千円相当の米をどれだけ買えるだろう。ふむ、大体三百キロ相当は買えるのか。

 

「ふと思ったんだけど、あたしが使ってるこのギターって一台どれくらいすんの?」

 

 質問すると陽子が、しれっと、

 

「八十万円ぐらいじゃなかったかなあ」

「は、はちじゅうまんえん!?」

「おばーちゃん、そのぐらいだったよね?」

 

 あたしの全身から汗がぶわっとふきだした。

 

「たぶん、それぐらいだった気がするわねえ」

「どうしてそんなに高いのよ!」

「そのぎたーは、おーだーめいど……とか言ったかねえ。ともかく、手作りだからねえ」

 

 カタカナが片言っぽい晴子おばあちゃん。外国語は発音しにくいらしい。

 

「マドロエルにオーダーメイドしたもの? な、なるほど。値段が高くなるのも当然か」

 

 マジですか。これが八十万円の重みですか。お米や野菜が一体どれだけ買えるんですか。店内にあったフルートも、ハープも、ピアノも、寿命が縮まるような値段がついているのだろう。

 

「たぶん、おばーちゃんが持ってたギターの中でも一番だと思うよ」

「いや、陽子や。それは違う」優しく否定したのは晴子おばあちゃんだ。「今は一番だけどね、昔は、もっと素晴らしいぎたーがあったのよ」

 

 あたしはさらにぽかんとする。顎が外れそうなほど、開いた口がふさがらない。

 

「じぇらるど・おーすちんっていう有名な音楽家がおーだーめいどした、ぎたーが手元にあったこともある」

 

 じぇらるど・おーすちん? ……まさかジェラルド・オースティンのこと!?

 

「ギターの神様が使ってたギターがあったの!? っていうか、売っちゃったの? そんな国宝級のギター二度と手に入らないよ。晴子おばあちゃん、もったいないよ!」

「いや、売ってはいないんだけどねえ」

「じゃあ、ここにあるってこと?」

 

 それだと会話の流れがおかしい。晴子おばあちゃんは「昔はあった」と言った。つまり「今はない」ということ。

 

 やきもきするあたしをよそに、晴子おばあちゃんは冷めてしまったお茶を静かにすする。

 

「二十年近く昔、ある若者に譲ってしまったんだよ」

「譲った? 無料で!?」

「譲ったのだから、お金をもらうわけにはいかないだろう?」

 

 晴子おばあちゃんが微笑むと、ますます恵比寿様に似ていく。

 晴子おばあちゃんからは後悔の念は感じられない。でも、あたしは理解できない。音楽を愛するものにとっての宝を、譲ってしまうという行動が。晴子おばあちゃんにとって、どんな得があるというのか。

 

「私は彼の音楽に心を奪われてしまったさ」

 

 おばあちゃんはお茶をずずっとすする。

 

「こことは離れた町であの人は路上で座り込み、ぎたーを弾いていた。彼の音楽を聴いた瞬間、恐ろしいほどの電気が私の身体を走り抜けてねえ。技術はなかった。歌詞は荒々しくて、たとえ百歩譲ったとしても歌が上手いとは言えなかった。それでも、彼の発する声には魂があった。なにかを伝えたい思いがあった」

 

 過去を懐かしむ晴子おばあちゃんは、どこか遠い目をする。

 

「誰かに思いを伝えたいという気持さえあれば、音楽の力に限界はない。……誰の言葉か知ってるかい?」

 

 あたしはこくりと首を縦に振る。ジェラルド・オースティンが生前に残した名言である。

 

「あの人はそういう気持ちを、しっかり持っていた。それが私の心を奪ったんだろうねえ」

 

 

          ☆  ☆  ☆

 

 

 親父と娘で囲む食卓の時間を終えると、あたしは自室へと足を運んだ。

 

 我が家は1LDKである。唯一、プライバシーが得られる個室をあたしが使い、リビングを親父が使っている。夕食を終えテーブルを片付ければ、あら不思議。親父の部屋となるわけだ。

 

 あたしの部屋には勉強机とちょっとした本棚と洋服タンス、あとは布団しかない。勉強机といってもちゃぶ台みたいな机だ。寝るときには部屋の隅に立てかけ、布団をしく。

 

「あたしの将来……か」

 

 鞄から取り出した大学の資料を、ぼんやり眺めた。

 

 医者になりたい。誰かにとって大切なその人を、救えるような医者になりたい。

 でも……、だけど……。

 我が家には借金があって、大学に行けるような余裕はない。

 あたしが医者になりたいって言ったら、親父はどんな顔をするだろう。

 きっとあの人のことだから、俺がどうにかしてやる、って言うのだろうけど。

 あたしは他の誰よりも近くで親父の背中を見てきたから知っている。

 母を失い、それでも立ち止まることなく生き続けた親父を知っている。

 辛かっただろうに、悲しかっただろうに、あたしは親父が弱音を吐くところも、泣くところも見たことがない。その強さがどこから来るものなのか、あたしにはわからない。母との約束なのかもしれない。

 

 なんにせよ。

 

 あたしにはこれ以上、親父に無理を強いるなんて出来なかった。

 

「おーい、きずな。開けるぞ~」

「えっ、ちょ、待って!」

 

 こんな大学の資料なんて持ってたら、なんて言われるか。あたしは大慌てで本棚の右隅っこに資料を押し込む。

 

「なんだ、なんだ? エロ本でも読んでたのか?」

「あたしを思春期真っ只中の男子学生と一緒にするな、クソ親父っ!」

「なんだよ、違うってのか? じゃあ、一体、なにを……、なんだこりゃ?」

 

 風呂上りなのか髪をバスタオルで拭く親父が、娘の部屋にどかどかと侵入してくる。そしてつまむようにして手に取ったのは床にあった『それ』である。

 

「進路調査用紙?」

「あっ!」

 

 親父は首をひねり、あたしはやっちまったという顔をする。親父の手の中にある用紙を、ひったくるようにして奪った。大学資料を取り出したとき、気づかずに用紙までついてきていたようだ。

 

「これはなんでもないからっ! 気にしないでっ! は、ははははっ」

「進路ねえ。そうだよなあ、お前も高校三年生になったんだもんな。今でもやっぱり医者になりてえのか?」

「え、いや、今は医者以外に夢があるかな~なんて」

 

 あたしは耳を疑った。あたしがいつか語った夢を、親父が覚えていてくれたからだ。

 

「別の夢? 何になりてえんだ?」

 

 唐突な質問にあたしの脳みそはフル回転する。ここで答えられないようなら、やっぱり医者なのか、なんて親父に言われてしまう。そうなったら上手く誤魔化せる自身はない。

 考えろ、考えろ、考えろ! 嘘つきな今のあたしは何になりたい?

 そんな時、わらを掴む気持ちですがりついたのは、親友が言葉にした単語だ。

 

「お、お嫁さんかな?」

「え、マジで? 今でも俺のお嫁さんになりてえの?」

「違うっての!」

 

 ごすっ!

 

 あたしが顔を真っ赤にしながら咄嗟にはなった突っ込み――右アッパーが親父の顎へとクリーンヒットした。

 

「なにしやがる! 痛えじゃねえか」

「うるさい! 親父の嫁とまで言ってない! つーかそれを覚えてるんじゃない! 今すぐ記憶喪失になって忘れろ!」

「なにい!? じゃあ俺以外に、好きな男がいるってのか! 今度、家に連れてこいや!」

「いないっての、好きな人なんて!」

 

 今日もうるさいぐらいに賑やかな平林家。

 

 その時、ふと思った。

 

 こうやって騒いでいると、天国にいる母さんまで声が届いてるんじゃないかなって。

 

 もし届いてるなら、母さんはどんな顔をしてるだろうか。

 

 

          ☆  ☆  ☆

 

 

 休日のあとの登校ってのはどうしてこうも、かったるいんだろうか。

 

 あたしは月曜の朝にもかかわらず机に突っ伏し、一週間の疲労が蓄積された金曜日の気分でため息を吐いた。

 

「きずなっ!」

 

 ぽっちゃりとした身体をゆらして駆け寄ってきたのは陽子である。彼女は学級委員の席にぶつかって、赤本やらその他の参考書を撒き散らしてしまった。かなり慌てた様子だ。どうしたのかな、とあたしが首を傾げていると、

 

「タイヘンっ、タイヘンだよっ!」

「んー、朝からどうしたの。ヘンタイでも出たの?」

「土曜日にね、おばあちゃんの店にギターを売りに来た人がいたらしいんだけどねっ。そのギターがなんとねっ、なんとねっ! この前、話してたオースティンが愛用してたギターなんだって!」

「ふーん。そうなんだ……」言葉の意味を理解する前に適当な相槌を打つ。やがてその意味が意識へと徐々にしみこんできて、「えええっ! あのギターが返ってきたのっ!?」

 

 がたたんっという音をたて、あたしは立ち上がり、陽子へと詰め寄る。クラスメートから注目されてしまったが、どうでも良かった。

 

「今日、見に行ってもいいかなっ! いいよねっ?」

「いいと思うけど……、あー、でも……」

「どうしたのよ。なんか都合でも悪いの?」

「おばーちゃんの様子が、どーもおかしいんだよ」

 

 

 

 

 

 

キズナの詩(後編)に続く

 

 

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